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――もともと、練吉は房一から対診を頼まれたことさへ少からず意外だつた。これが若し、自分の場合だつたら、それは弱味を見せるといふことだつた。彼はまだ、房一に対診を頼むやうなことはつひぞ考へたことはなかつたし、これから先だつてそんなことを考へつきはしないだらうと云ふより、練吉には漠然と、房一を自分と同じ医者だと見る気にはいまだになれなかつたのである。
と、その稍落ちつきのない女らしい黒瞳くろめがちな眼を道平に向けた。
ふと気づくと、玄関に人が立つていた、半シャツの男だ。瞬間、又来たな、と思つた。
「さうです、一寸」
閑静で温泉もあるという家は売家だから住めない。貸家の方はたいがい山の上の温泉のない家で、ぜひ住んでくれないかと云ってきた空別荘も、景勝閑静な山荘であったが、温泉がなかった。
そして、こんなにはつきりした明るさの中で、もう十分に伸びつくした草地だの山地の樹木は、やたらにもくもくし、ぢつと息をつめているやうであつた。それは全体に黒つぽい様子をしていた。そのいくらか濁つた、一杯に成長し切つたことを示す黒味の中には、何かしらすぐ傍までやつて来ている九月の爽やかさを感じさせるものがあつた。
「この人はちっと眠むがってるでな……」
「千光寺さんに使ひをやつたのかい。――誰もまだ行かないつて?――何あんて間抜けだのう。庄どん、お前一つ行つて来とくれ。提灯ちやうちんを忘れるなよ。もう皆さんがお集りですからお迎へに上りました、つて云ふんだよ。うん、うん、さうよ。いつしよにお伴をしておいで」
「どうしなさつた」
「いや、あれは私が勝手に頼んで来てもらつたんですからな、御心配はいりませんよ」
と云ったそうだ。
男は始めにびつくりさせられて、今さう聞くと多少のみこめて来た様子であつた。どこも悪くないと云はれたこともうれしかつたらしい。房一はその腕をひつぱつて顕微鏡の前につれて行き男にのぞかせた。
と、いきなり云つた。