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「何しに来た?」
徳次は明かに房一にくれようと思つていたらしかつた。で、間が悪さうにそこに立ちはだかつたまゝ、あのきよろりとした目でしきりに練吉と房一を見くらべていた。
「これからどちらへ?」
「それとも、あれかね。やつぱり日露戦争のときみたいに、船で吉賀の先の浜へ上つてそれからやつて来るんかね」
「へえ。――ズブツとね」
それであるから、こういう所へ来て私たちの最も困ったのは、机のないことであった。宿に頼んで何か机をかしてくれというと、大抵の家では迷惑そうな顔をする。やがて女中が運んでくるのは、物置の隅からでも引きずり出して来たような古机で、抽斗ひきだしの毀こわれているのがある、脚の折れかかっているのがあるという始末。読むにも書くにも実に不便不愉快であるが、仕方がないから先ずそれで我慢するのほかはない。したがって、筆や硯にも碌ろくなものはない。それでも型ばかりの硯箱を違い棚に置いてある家はいいが、その都度に女中に頼んで硯箱を借りるような家もある。その用心のために、古風の矢立などを持参してゆく人もあった。わたしなども小さい硯や墨や筆をたずさえて行った。もちろん、万年筆などはない時代である。
そこへは、案内も乞はずに、小谷吾郎が気がるに裏口から入つて来た。
それは、やつぱり何となく「役所」臭かつた。
「今日はえらい早いお帰りだね」
小谷はしばらく放つていた糸を手許にひきよせて、水の中の鮎を眺めながら云つた。
これはちっとも可笑おかしくない!彼ら二人は実にいい夫婦なのである。
房一の竿に最初のやつが掛つた。
「これですか――?」